崩壊した前提と、埋まらない溝
「……それでは、双方の主張の隔たりは、埋めることが困難であると。そういう認識でよろしいですね」
調停室の壁に掛けられた無機質な時計が、午前10時を回ったことを告げていた。初老の男性調停委員の口から発せられたその言葉は、まるで長く苦しい舞台の幕引きを告げるアナウンスのようだった。対面に座る女性調停委員も、もはや説得の言葉を失い、手元の分厚い記録ファイルに視線を落としている。
「ええ。何度でも申し上げますが、これ以上の話し合いは無意味です」
私は努めて低い、静かな声で答えた。喉の奥には、半年以上もの間この密室で繰り返されてきた不毛なやり取りへの疲労がへばりついていたが、同時に、ようやくこの茶番劇を終わらせることができるという冷たい安堵もあった。
調停が「不調」——つまり、合意に至らず決裂するという結論は、今日この部屋に入る前からすでに私の中で決まっていたことだった。相手方から提出された「資産一覧表」という名の、あまりにも杜撰な嘘の塊。別居直前に引き出された100万円という現金の行方を、相手方は最後まで「生活費として消えた」「手元には残っていない」という苦しい言い訳で誤魔化し通そうとした。
明細という客観的証拠があるにもかかわらず、平然と事実を捻じ曲げる。その態度は、私に対する決定的な侮蔑であり、「どうせ最後まで追及できまい」という甘い見通しの表れだった。たった一つでも意図的な隠蔽がある書類をベースに、人生の再出発を左右する財産分与の協議などできるはずがない。
100万円の嘘をつける人間は、1,000万円の嘘も平気でつける。氷山の一角が見えている状態で、底知れぬ暗闇に向かって妥協の握手を交わすほど、私はお人好しではなかった。
「財産の全容が透明化されない限り、協議のテーブルには着けません。それは前回も申し上げた通りです。そして相手方は、自らそのテーブルをひっくり返した。違いますか?」
私の鋭い指摘に、調停委員は小さくため息をつき、「相手方にも、もう少し誠実な開示を求めたのですが……」と口ごもった。調停委員はあくまで中立な仲介者に過ぎない。強制的な調査権限を持たない彼らには、嘘をつき通そうとする人間から真実を引きずり出す力はないのだ。
圧倒的な不利と、古き悪しき「慣例」の壁
しかし、私がこの調停を不調に終わらせる決断を下した最大の理由は、金の問題ではなかった。むしろ、財産分与における泥沼化は、私にとって好都合ですらあった。私の本当の目的であり、絶対に譲れない最終防衛線。
それは「親権」だった。
日本の家庭裁判所におけるこれまでの実務において、父親が親権を獲得するのは絶望的なほどにハードルが高い。「母性優先の原則」や「継続性の原則」という、前時代的で硬直化した慣例が分厚い壁となって立ちはだかっているからだ。
相手方が先に子供を連れ去るように別居を強行した場合、その時点で「子供は現在、母親と安定して暮らしている」という既成事実が作られてしまう。
調停委員も、暗に「親権は母親へ譲り、面会交流の条件を有利にする方向で調整してはどうか」という空気を何度も漂わせてきた。それが、この国の司法が用意した「父親向けの妥協案」のテンプレなのだ。
だが、私はそのテンプレを激しく憎悪していた。なぜ、嘘にまみれ、財産を隠蔽するような不誠実な人間に、愛する娘の未来に対する全権を委ねなければならないのか。なぜ、父親であるというだけの理由で、娘の進学、医療、そして人生の重要な決断から法的に蚊帳の外に置かれなければならないのか。
娘の寝顔、笑い声、これまで共に過ごしてきた何気ない日常の記憶が脳裏をよぎる。感情論だけではない。父親としての責任と誇りが、私に「絶対に引くな」と命じていた。相手方のペースに乗ってここで調停を成立させてしまえば、単独親権は確定し、私は永遠に「娘の人生の部外者」にされてしまう。
「時間」という最強の武器と、法改正への賭け
だからこそ、私は時間を稼ぐ必要があった。
焦って結論を出すことは、すなわち相手の勝利(単独親権の獲得)を意味する。私が選んだのは、泥沼をあえて泳ぎ続け、決着のタイムリミットを先延ばしにするという「遅滞戦術」だった。
私の視線の先には、現在の調停室ではなく、法制度の未来がはっきりと見えていた。翌年から施行される「共同親権」の導入。これこそが、膠着した状況を打ち破る唯一にして最大の切り札だった。
数十年ぶりに変わる、家族のあり方を規定する法律。離婚後も両親が共に親権を持ち、子供の養育に責任を持つという、世界ではとうに当たり前となっている制度が、ようやくこの国にもやってくる。もし、このまま調停を不調に持ち込み、舞台を「審判」や「裁判」へと移行させれば、当然のごとく時間は数ヶ月、あるいは年単位で経過していく。
争いが長引けば長引くほど、新しい法律の施行日は近づいてくる。そして、判決が下されるそのタイミングが新法の施行後であれば、私は単独親権の恐怖から解放され、「対等な親」としての権利を堂々と主張できるのだ。
相手方は、「親権だけを先に取り決めよう」などという虫のいい提案をしてきた。それは裏を返せば、相手方もまた法改正の足音に焦りを感じていた証拠だった。だからこそ、私はあの提案を即座に叩き潰した。財産隠蔽という相手の致命的な「綻び」を最大限に利用し、「全体が合意できない以上、一部の合意もあり得ない」という正論で、すべての協議を暗礁に乗り上げさせたのだ。
「……わかりました。誠に残念ですが、本調停は不調ということで手続きを進めさせていただきます」
調停委員の最終確認の言葉に、私は深く、力強く頷いた。
残念などではない。これこそが、私が望んだ結果なのだから。
帰路。孤独な車内での誓い
家庭裁判所の重い扉を抜け、外に出ると、もう昼前になっていた。冷たい風が、張り詰めていた火照った頬を撫でていく。空を見上げて、大きくため息をついた。
駐車場に停めてある自分の車に乗り込み、エンジンをかける。ここから自宅まで、片道約2時間の長い道のりだ。普段なら疲労感で気が滅入る距離だが、今日の私には、この孤独な運転の時間が必要だった。
ハンドルを握り、暮れゆく街の景色を眺めながら、私はこれまでの道のりを反芻していた。
相手の弁護士から送りつけられた一方的な通知書に呆然とした日。
深夜の薄暗い照明の下、蛍光ペンと電卓を握りしめ、通帳のコピーから隠された100万円を見つけ出したあの夜。
そして今日、自らの手で調停という話し合いの場に終止符を打ったこと。
すべては、次なる戦場へ向かうための布石だ。
調停が不調になったことで、これから事態は「審判」、あるいは「訴訟」へと移行する。調停委員という仲介者を通じたフワッとした話し合いではなく、裁判官が証拠に基づいて法的な判断を下す、本当の意味での闘いが始まるのだ。
相手の財産隠蔽は、審判の場において「不誠実な当事者」としての強力な証拠となるだろう。提出された嘘の資産一覧表は、そのまま相手の首を絞めるロープに変わる。そして、私が稼いだ「時間」は、着実に共同親権という新しい時代の扉を開く鍵となる。
車窓から見える空は、完全に夜の闇に包まれようとしていた。しかし、私の中に迷いや暗さは微塵もなかった。むしろ、これから始まる総力戦に向けて、精神はこれまでにないほど澄み渡り、研ぎ澄まされている。
「絶対に、譲らない。何年かかろうとも」
私は暗い車内で独り言ちて、アクセルを少し強く踏み込んだ。
嘘で固めた城は、必ず崩れ去る。新しい法律のもとで、娘に対する正当な権利を勝ち取るその日まで、私は決して立ち止まるつもりはなかった。これは私自身の尊厳の回復であると同時に、愛する娘へ向けた、父親としての生涯をかけた証明なのだから。
闘いは、まだ続く・・
シーズン2(完)
