【実録】第七章 無機質な部屋と算定表

人生

一ヶ月という空白の重み

家庭裁判所の待合室に置かれた椅子は、一ヶ月前と同じように冷たく、ひどく座り心地が悪かった。

次に調停が開かれるまでのこの一ヶ月間、私は娘の声を一度も聞いていない。姿を見ることも、笑いかけることもできなかった。ただひたすらに片道二時間の車通勤をこなし、早朝に起きては長男の弁当を無心で作る。そして休日は、娘の幻影がチラつく家から逃げるように、足の裏が痛くなるまで街を歩き回る。そんなギリギリの精神状態で、今日という日を待ちわびていた。

手元のクリアファイルには、夜を徹して準備した資料がびっしりと詰まっている。こちらの主張、娘への思い、面会交流の具体的な提案。すべては、再び「父親」としての時間を取り戻すためだ。胸の奥で早鐘のように打つ心臓の音を感じながら、私は自分の名前が呼ばれるのをじっと待っていた。女性調停委員が呼びにきた。

「どうぞ」

事務的な声に促され、調停室に入る。彼らの表情からは何の感情も読み取れない。ただの「手続き」を進めるための、無機質な空気が部屋を満たしていた。

絶対の拒絶

席につくなり、調停委員の口から淡々と相手方(妻)の主張が伝えられた。こちらの期待を嘲笑うかのように、相手方は面会交流に対して依然として消極的であり、歩み寄る姿勢は見られなかった。

そして、話は核心である「親権」へと及んだ。

「お子さんの親権についてですが、お母様はご自身が持つことを強く希望されています。現在の生活環境も安定しているとのことですが……」

調停委員の言葉を遮るように、私は身を乗り出した。

「親権を譲る気は、一切ありません」

はっきりと、一言一句に力を込めて伝えた。連れ去った側が「今の環境が安定しているから」という理由で親権争いに有利になる「継続性の原則」。そんな理不尽なルールがまかり通っていいはずがない。

娘の父親は私だ。その責任と権利を、こんな密室での話し合いであっさりと手放すことなど、絶対にできない。

私がどれだけ強い思いをぶつけても、調停委員の二人は顔色一つ変えなかった。彼らはただ小さく頷き、手元の資料に視線を落とすと、冷徹な事実を突きつけてきた。

「親権が決まらなければ、離婚は成立しません。それがルールですから」

感情の入っていない、ただシステムを説明するだけの言葉。そこには、娘を思う父親の葛藤や、引き裂かれた家族の痛みなど、入り込む隙間は1ミリもなかった。

相手が親権を主張し、私がそれを拒否する。双方が譲らなければ平行線となり、離婚という法的な決着はつかない。つまり、この「娘に会えず、別居状態で宙ぶらりんの生活」が、いつ終わるとも知れず続いていくということだ。目の前がクラッとするような、深い疲労感が全身を覆った。

数字に変換される家族の絆

親権の合意が不可能だとわかると、調停室の空気はさらにドライなものへと変わった。

財産分与についての突っ込んだ話し合いがあるのかと思いきや、それすらもあっさりとスルーされた。最終的に、この2回目の調停で決定することになったのは「婚姻費用」——つまり、別居中の生活費を私が相手にいくら支払うか、という一点のみだった。

机の上に、一枚の紙が広げられる。「算定表」と呼ばれるそのマトリックスには、双方の収入に応じた金額が機械的に割り出されていた。

私の収入証明書と、相手の収入。それを縦と横の軸で交差させ、導き出された数字。そこには、これまでの家族の歴史も、私が娘に注いできた愛情も、何の関係もなかった。「あなたはこれだけ稼いでいるのだから、毎月この額を払いなさい」。ただそれだけの、冷たい算式だ。

お金を払うこと自体に不満があるわけではない。自分が働いて得た金が娘の生活を支えるのなら、それは父親としての務めだ。

だが、納得がいかなかった。娘の姿を見ることも、声を聞くことも許されないまま、ただ「相手方の口座に毎月決められた額を振り込む義務」だけが、冷徹な法の手続きのもとで確定していく。自分はただのATMに成り下がってしまったのか。そんな虚しさが、胃の腑から込み上げてきた。

終わらない迷路の中で

「本日はここまでとしましょう」

時間切れを告げる声で、2回目の調停は幕を閉じた。

結局、得られたものは何一つなかった。「親権は平行線であること」、そして「婚姻費用を支払うこと」。根本的な解決には1ミリも近づいていない。

調停室を出て、裁判所の廊下を歩く。足取りは鉛のように重かった。

私はまた、あの片道二時間の車通勤と、静まり返った家での生活に戻るのだ。毎朝四時半に起きて無心で長男の弁当を作り、感情を押し殺して職場で「おはようございます」と声を張り上げる、あの非日常という名の日常へ。

外に出ると、空は皮肉なほどに青く澄んでいた。

戦いは終わらない。それどころか、出口のない迷路に本格的に足を踏み入れてしまったのだ。だが、それでも歩みを止めるわけにはいかない。どんなに理不尽なシステムが立ちはだかろうとも、私は父親であり続ける。

次回の期日に向けて、また資料を作り直さなければならない。私は大きく息を吐き出し、重いドアを開けて車に乗り込んだ。

(第八章に続く)

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