消えた足跡と、繋がらない電波
あの5年生の夏休み、娘と行った新幹線の小旅行は、今思い返しても眩しいほどに輝いている。車窓から流れる景色を二人で指差しながら笑い合い、駅弁をどちらが先に食べるかで他愛のない冗談を言い合った。あの瞬間、私たちは間違いなく「どこにでもいる、ごく普通の幸せな親子」だった。3年間の葛藤や、調停という高い壁を乗り越えて築き上げてきた絆が、確かにそこにはあると信じて疑わなかった。
しかし、幸せのピークというのは、時に残酷な奈落への入り口でもある。
旅行が終わり、いつものように娘を送り届け、力いっぱいの抱擁を交わした。「頑張ってね」という私の言葉に、彼女はいつものように「お父さんも頑張ってね」と健気に微笑み返してくれた。その小さな背中を見送ったとき、まさかそれが「最後の面会交流」になり、そこから長い暗黒の時間が始まるとは、夢にも思っていなかった。
異変は、その翌月から始まった。
次の面会の日程を調整しようと、いつものようにメッセージを送った。普段なら、遅くとも数日以内には何らかの返信がある。しかし、その時に限って、1日経っても、3日経っても返事が来ない。スマートフォンの画面を見つめ、「仕事や学校が忙しいのかな」と自分に言い聞かせながら、さらに数日を待った。だが、画面に映し出されるのは、冷たい静寂だけだった。既読がついているのか、それとも読まれてすらいないのか。その確認をすることすら、次第に恐怖へと変わっていった。
1ヶ月が過ぎ、季節がひとつ移り変わろうとしても、状況は何も変わらなかった。焦りを抑えきれず、意を決して電話をかけてみた。耳元で鳴り響く「プーー、プーー」という無機質な呼び出し音。それがやがて、無情な留守番電話のガイダンスへと切り替わる。その音を聞くたびに、胸の奥がギリギリと締め付けられるような感覚に襲われた。
「何かあったのか?」
「娘が急な病気にでも倒れたんじゃないか?」
「あるいは、あの新幹線での遠出の際、私の気づかないところで娘に無理をさせ、相手方を怒らせてしまったのだろうか?」
原因がわからない恐怖は、人を簡単に疑心暗鬼にさせる。夜、ふと目が覚めてはスマホを確認し、何も通知がないことに絶望する。そんな不毛なループが頭の中で何度も何度も繰り返された。相手の親に連絡を取ろうとしても、完全にシャットアウト。こちらからのアプローチは、まるで底なし沼に石を投げ込んでいるかのように、音もなく吸い込まれて消えていった。
調停という公的な場で取り決めたはずの約束が、相手の胸三寸、たった一つの拒絶によって、これほどまで簡単に、そして無残に握りつぶされてしまう。その現実を前にして、私はただただ自分の無力さを痛感し、暗闇の中で立ち尽くすしかなかった。
茶封筒と、凍りついた怒り
音信不通のまま2ヶ月が過ぎ、3ヶ月目に突入した頃、私の精神は疲弊しきっていた。心配、焦燥、悲しみ、そして「なぜこんな理不尽が許されるのか」という激しい憤り。あらゆる感情が脳内を駆け巡り、疲れ果て、半ば諦めに似た境地に達しつつあったある日のことだ。
仕事を終え、重い足取りで自宅に帰り、いつものようにポストを開けた。チラシの束の隙間に、一通の、異様な存在感を放つ茶封筒が挟まっていた。
上質な白い紙。そこに見慣れない、しかし直感的に「それ」とわかる法律事務所の名称と、弁護士の氏名がカチッとしたフォントで印字されていた。
心臓がドクンと激しく脈打つのが分かった。冷たい汗が背中を伝う。「ついに来たか……。あいつ、このために娘との連絡を断ち切っていたのか」と、全てのパズルがパチパチと音を立てて繋がっていくような感覚を覚えた。
部屋に入り、カバンを床に置き、上着も脱がないまま、ハサミで封筒の端を切り落とした。中から出てきたのは、数枚の書面。そこに並んでいたのは、これ以上ないほど冷徹で、事務的で、血の通っていない言葉の羅列だった。
「当職は、〇〇氏(元妻)の代理人として、以下の通り通知いたします――」
書面の内容を要約すれば、驚くほど一方的なものだった。これ以上の面会交流には応じられないこと。そして、離婚に向けた具体的な「協議(話し合い)」を行うことを要求する、という旨が書かれていた。さらに文章の最後には、こう付け加えられていた。
「本通知受領後、〇月〇日までに当職宛てにご連絡をいただけない場合、速やかに家庭裁判所へ調停の申立てを行う所存です」
読み進めるうちに、私の頭の中の温度が、一気に沸点へと達した。
怒りで手がわずかに震えるのを感じた。
「突然、なんなんだよ、これは……!」
相手の狙いは明白だった。娘との連絡を完全に遮断し、私を精神的に追い詰め、不安と孤独で正常な判断力を奪ったタイミングを見計らって、弁護士という「権威」のカードを突きつける。そうして私を萎縮させ、彼らの土俵である「密室の離婚協議」に引きずり込み、自分たちの都合の良い条件での離婚を認めさせる。娘を都合の良い「人質」として利用し、大人の打算のために親子の絆を平気で引き裂くそのやり方に、激しい嫌悪感と、凍りつくような怒りが湧き上がった。
あえて「ほったらかす」という選択
弁護士からの文書には、ご丁寧に「回答期日」という名のデッドラインが設けられていた。普通の人間であれば、弁護士から「裁判だ」「調停だ」と脅されれば、慌てて連絡を入れて弁解するか、パニックになって自分もすぐに弁護士を探しに走るのかもしれない。それが相手側の計算であり、狙い通りのリアクションなのだろう。
だが、私は違った。
「協議? するわけないだろ。冗談じゃない」
私はフッと自嘲気味に笑い、その冷たい書面を机の引き出しの奥へと放り込んだ。そして、完全に「ほったらかす」ことに決めたのだ。相手の用意したスケジュールに乗り、相手の雇った弁護士のオフィスに出向いて、手揉みをしながら話し合いに応じるなど、私のプライドが1ミリも許さなかった。
彼らの目的が、自分たちに有利な条件をもぎ取ることである以上、密室での話し合いに応じることは自殺行為に等しい。こちらに非がないのであれば、コソコソと話し合う必要などどこにある。
「調停を申し立てるというなら、どうぞご自由に。むしろ公の場で堂々とやってやろうじゃないか」
私は腹を括った。家庭裁判所という、第三者の目が介在する公の舞台であれば、相手の一方的な暴挙や、面会交流を不当に差し止めている事実も全て白日の下に晒される。そっちがその気なら、受けて立つ。私は一切の連絡を絶ち、相手がどう動くかを静観することにした。
動かない相手、そして自ら引き金を引いた瞬間
しかし、そこからの展開は、私の予想を裏切るものだった。
相手が指定してきた「回答期日」は、何事もなく過ぎ去った。私は当然、その直後に家庭裁判所から調停の申立書が届くものだと思って身構えていた。ところが、1週間が経ち、2週間が経ち、1ヶ月が過ぎても、我が家のポストには何の通知も届かない。
最初は「無視されたことで、向こうもビビって準備が遅れているのだろう」とタカをくくっていた。しかし、さらに2ヶ月が経過しても、状況は完全に膠着したままだった。
この「待ち」の時間が、何よりも苦痛だった。
状況が1ミリも動かない。娘が今どうしているのかもわからない。戦いが始まるわけでもなく、かといって平和が戻ったわけでもない。まるで、濃い霧の中に一人で取り残され、足元に地雷が埋まっているかどうかもわからないまま、じっと立ち尽くしているような感覚だった。
自分の人生の貴重な時間が、相手の気まぐれや、弁護士の手際の悪さによって無駄に消費されていく。そのことが、たまらなく我慢ならなかった。主導権を相手に握らせたまま、いつ来るかわからない一撃を待ち続けるのは、私の性に合わない。
「そっちが動かないなら、こっちから動かしてやる」
ある日の昼休み、私はオフィスを抜け出し、スマホを握りしめた。胸の鼓動は早かったが、頭は驚くほど冴え渡っていた。引き出しの奥から引っ張り出してきた弁護士の連絡先を画面に打ち込み、通話ボタンを押した。
数回のコールの後、事務員が応対し、やがて担当の弁護士が電話口に出てきた。
「もしもし、〇〇(相手方弁護士)です」
私は努めて冷静に、しかし極めて低く、威圧感すら込めた声で切り出した。
「〇〇(自分の名前)ですが。以前、そちらから届いた書面に『期日までに連絡がなければ調停を申し立てる』と書かれていましたよね。あの期日はとっくに過ぎていますが、一体いつになったら申し立てるんですか?」
まさか、無視を決め込んでいた本人から、逆に「調停の催促」の電話がかかってくるとは思っていなかったのだろう。電話の向こうの弁護士が一瞬、言葉に詰まり、動揺した気配が電波を通じて伝わってきた。
「あ、ええ……。現在、書類の準備を進めているところでして、少々時間がかかっておりまして……」
歯切れの悪い言い訳を並べる弁護士に対し、私は一歩も引かずに言葉を重ねた。
「そちらが申し立てをしないのであれば、こちらにも考えがあります。このまま放置されるなら、こちらから家庭裁判所に面会交流の不履行も含めて申し立てを行います。どちらにするのか、はっきりしてください」
これは単なるハッパではない。本気だった。相手の出方を待つだけの「受け身の側」にいるのは、もう終わりだ。戦うのであれば、自分の意志で、自分のタイミングで火蓋を切りたかった。弁護士相手だろうと、こちらの覚悟の重さを見せつけてやる必要があった。
電話を切った後、不思議と胸のモヤモヤは消え去っていた。自分の足で、再び歩みを進めたという確かな手応えがあった。
相手方からの突然のメール
あの電話を切ってしばらくした後のことだ。相手方から、突然、一通のメールが送られてきた。
画面に表示された文面を見て、私は思わず鼻で笑ってしまった。
『本当に調停をご希望ですか? 協議であれば、お互いに時間も手間も少なくて済みますが……』
はあ? 冗談じゃない。
3ヶ月もの間、娘との連絡を完全に断ち切り、こちらを精神的に追い詰めておいて、今更「時間と手間が省ける」だと? どの口が言っているんだ。 私が「調停の申立て」という具体的な行動に出る構えを見せた途端、彼らは焦ったのだろう。第三者の目が入る公の場(調停)を避け、なんとか自分たちのペースで話を進められる密室での「協議」に引きずり込もうとしているのが、手に取るように透けて見えた。
こんな、娘の未来と私の人生を左右するような大事なことを、相手の都合の良い協議なんかで終わらせるつもりは毛頭ない。
私は迷うことなく、キーボードを叩きつけるように短い返信を打ち込んだ。
「密室での協議に応じるつもりは一切ありません。公の場で、徹底的にやります。どうぞ、調停を申し立ててください」
それは、私から相手方に対する、一切の妥協を許さない明確な「宣戦布告」だった。電話を切った後の胸のモヤモヤは完全に消え去り、代わりに「絶対に負けない」という冷たい炎のような覚悟が静かに燃え上がっていた。
再び、戦いの舞台へ
私が弁護士に強烈な一撃を見舞って、相手方に完全に決別のメールをしてから、さらに2ヶ月という時間が流れた。役所の書類仕事がいかに遅いかを考慮しても、あまりにも長い待ち時間だったが、その日は突然やってきた。
仕事から帰り、ポストを覗くと、そこには見慣れた、しかし重みのある「家庭裁判所」の文字が印字された茶封筒が入っていた。
部屋に入り、封を破る。中から出てきたのは、第2回調停の「期日呼出状」だった。
3年前、第1回目の調停が終わった時、私は「これでようやく、静かで平穏な日常が戻ってくる」と信じていた。娘と月に数回会い、ささやかな幸せを噛みしめる、そんな当たり前の日々がずっと続くと疑わなかった。しかし、それは脆く崩れ去る、薄氷の上の平穏に過ぎなかったのだ。
再び、あの重苦しい空気が漂う裁判所の廊下を歩くことになる。調停委員という見ず知らずの他人の前で、自らの家庭の、そして人生の、最も泥臭く傷ましい部分をさらけ出し、理不尽な主張と戦わなければならない。その精神的肉体的な負担を想像すると、身がすくむ思いがしなかったと言えば嘘になる。
けれど、私の心の中にある「芯」は、以前よりも遥かに強くなっていた。
「いよいよ始まるか。シーズン2の開幕だ」
恐怖やためらいはなかった。あるのは、腹の底から湧き上がるような、静かで揺るぎない覚悟だけだった。愛する娘に再び会い、あの笑顔を取り戻すため。そして、他人に振り回される人生に完全に決着をつけ、自分自身の人生の主導権をこの手に取り戻すため。
私は絶対に逃げないし、一歩も引かない。
こうして、私と見えない相手との、人生の後半戦を賭けた「第2ラウンド」のゴングが鳴り響いた。激動の調停がどのように進んでいったのか、その生々しい記録は、次回の記事で詳しく書き記していきたいと思う。
