前回の記事では「今を全力で生きる」ことの大切さについて一緒に考えてきました。
少しでも「やってみよう!」という気持ちになっていただけたなら嬉しいです。
しかし、いざ新しいことに挑戦しよう、自分らしく生きようと一歩を踏み出そうとすると、どうしても気になってしまうものがありますよね。
そう、「他人の目」です。
「これをやったら、周りからどう思われるだろう」「失敗したらバカにされるかもしれない」「みんなに嫌われたくない」……。そんな不安が頭をよぎり、結局元の安全な場所に留まってしまう。誰にでもそんな経験があるのではないでしょうか。
今回は、そんな私たちの背中を力強く、いや、強烈に叩いてくれる、芸術家・岡本太郎さんの言葉をご紹介します。
テーマは「プライド」。
他人の目を吹き飛ばし、己を貫くための「真のプライド」について、彼の残した熱いメッセージから紐解いていきましょう。
自分自身との容赦ない戦い
まずは、岡本太郎さんのこんな言葉からご紹介します。
ありのままの自分を貫くしかないと覚悟を決めている。それは己自身をこそ最大の敵として容赦なく戦い続けることなんだ。ただ自分の信じていること、正しいと思うことに、わき目も振らず突き進むだけだ。
(岡本太郎『自分の中に毒を持て』より引用)
私たちはよく「ありのままでいいんだよ」という言葉を耳にします。癒やしの言葉として使われることが多いですが、岡本太郎さんの言う「ありのまま」は、決して「今のままでだらだら過ごせばいい」という生温いものではありません。
むしろ、「ありのままの自分」を社会の中で貫き通すということは、途方もないエネルギーを必要とする行為です。なぜなら、私たちは常に「周りに合わせよう」「空気を読もう」「波風を立てないように楽に生きよう」という誘惑に晒されているからです。
そうした「妥協しようとする自分」「楽な道に逃げ込もうとする自分」こそが最大の敵だと彼は言います。他人がどうこうではなく、自分自身の弱さとの容赦ない戦いなのです。
周りの意見に流されそうになったとき、ふと立ち止まって自問自答してみてください。
「私は今、自分の信じた道を突き進む覚悟を持てているだろうか?」と。
他人の顔色を窺って選んだ道は、決してあなたに本当の満足を与えてはくれません。自分の信じること、正しいと心から思えることに向かって、わき目も振らずに突き進む。その覚悟を持ったとき、初めて私たちは「自分の人生」を歩み始めることができるのです。
孤立を恐れるな
続いて、人間関係に悩む多くの人の心を揺さぶる言葉です。
友達に好かれようなどと思わず、友達から孤立してもいいと腹をきめて、自分を貫いていけば、ほんとうの意味でみんなによろこばれる人間になれる。
(岡本太郎『自分の中に毒を持て』より引用)
この言葉、ハッとさせられませんか?私たちは子どもの頃から「みんなと仲良くしなさい」「友達に好かれる人になりなさい」と教えられてきました。だからこそ、孤立すること、一人ぼっちになることを極端に恐れてしまいます。
しかし、嫌われないように、好かれるようにと他人に合わせてばかりいると、どうなるでしょうか。当たり障りのない、誰の心にも残らない、薄っぺらい自分になってしまいます。「みんなの意見」という実体のないものに迎合しているうちに、本当の自分の声が聞こえなくなってしまうのです。
岡本太郎さんは、「孤立してもいいと腹をくくれ」と言い切ります。一時的に周りから理解されず、人が離れていったとしても、自分の芯を曲げずに貫き通す。その姿勢こそが重要なのです。
そして面白いことに、そうやって自分を貫いていると、結果的に「ほんとうの意味でみんなによろこばれる人間」になれるというのです。
誰かに迎合した姿ではなく、本気で自分の命を燃やして生きている人の姿は、必ず誰かの心を強く打ちます。
その熱量に惹きつけられ、本当に理解し合える仲間が集まってくるのです。好かれようとする表面的な努力を手放すことで、かえって深い絆や感動を生み出すことができる。
これは人生の真理と言えるかもしれません。
本当のプライドの持ち方
最後に、今回のテーマである「プライド」の核心に迫る言葉です。
たとえ、他人にバカにされようが、けなされようが、笑われようが、自分がほんとうに生きている手ごたえを持つことが、プライドなんだ。大切なのは、他に対してプライドを持つことでなく、自分自身に対してプライドを持つことなんだ。
(岡本太郎『自分の中に毒を持て』より引用)
「あの人はプライドが高い」と言うとき、私たちは大抵ネガティブな意味で使いますよね。他人より優位に立ちたい、自分の弱さを見せたくない、肩書きや地位を自慢したい……
そうした他人との比較の上に成り立つ「見栄」のようなものを、私たちはプライドと呼んでしまいがちです。
しかし、そんなものは偽物のプライドだと岡本太郎さんは一蹴します。
他人と比べて勝った負けたと一喜一憂しているうちは、他人の基準で生きているのと同じです。
真のプライドとは、他人にどう評価されるかとは全く無関係なところにあります。
たとえ周りから「そんなの無駄だ」「バカじゃないの」と笑い飛ばされたとしても、自分自身が「今、自分は全力で生きている!」「命を燃やしている!」という確かな手応えを感じられているかどうか。
それこそが、持つべき本当のプライドなのです。
誰かに見せるための飾りではなく、自分自身の中にある確固たる信念と、生きる喜び。それを持っていれば、他人の心ない言葉など気にならなくなります。ベクトルを他人にではなく、常に自分自身に向けてみましょう。
「私は今日、自分に誇れる生き方をしたか?」
その問いかけが、あなたの人生をより深く、力強いものにしてくれるはずです。
まとめ
いかがでしたでしょうか。他人にどう見られるかなんて、気にしている暇は私たちにはありません。
気にするべきは、ただ一つ「自分自身」です。
若い時は、周りの目をとにかく気にすると思います。私もそうでした。それは、全く気にしなくていいです。人がどう思おうと自分は自分、自信を持ってこの人生を責任もって生き抜く。
私は、岡本太郎さんの『自分の中に毒を持て』を読んで、考え方が変わりました。
今は、自分の人生をしっかり生きていると、実感できています。
妥協しようとする自分と戦い、孤立を恐れずに芯を貫き、生きている手応えという真のプライドを持つ。
岡本太郎さんの強烈な言葉を胸に、今日から少しずつ、他人の目という呪縛から自分を解放していきましょう。
さて、最終回となる次回は、自分を貫く中で必ず直面する「行き詰まった時」や「困難にぶち当たった時」の「壁の壊し方」についてご紹介します。どうぞお楽しみに!

