会いたい。調停までの辛い1ヶ月
時間を少し巻き戻そう。あの日、家庭裁判所の重い扉を一人で押し開けるまでの約一ヶ月間。
私の心は、文字通り狂おしいほどの焦燥感と絶望の間を千切れるように彷徨っていた。
家の中から、妻だけでなく、次男と長女の姿が消えた。長男との手探りの生活が始まってからも、私の頭の中を支配していたのは、連れ去られた5歳の娘(長女)のことばかりだった。
昨日まで、私の膝の上で無邪気に笑っていた小さな温もり。家の中に散らばったままの娘が描いた私の似顔絵やオモチャを見るたびに、胸が締め付けられ、息ができなくなるような感覚に襲われた。
突然、最愛の娘がいなくなった父親の気持ち。それは、同じ境遇に立たされた人間にしか絶対にわからないと断言できる。 「時間が解決してくれるよ」「今は冷静に」と、周囲の人間は善意でそう慰めてくれるが、そんな言葉は1ミリも心に響かなかった。
頭ではわかっていても、心が追いつかないのだ。「会いたい、とにかく会いたい」。
その純粋で強烈な本能のような感情だけが、私の中で暴れ回っていた。
娘を捜して彷徨った休日
休みの日は、じっとしていることなど到底できなかった。車に乗り込み、あてもなく近隣のアパートやマンションを探し回る日々が始まった。駐車場に妻の車が停まっていないか、ベランダに見覚えのある洗濯物が干されていないか。
まるでストーカーのような自分の行動に嫌悪感を抱きながらも、探さずにはいられなかった。 娘が通っていた保育園にも妻は手を回していた。個人情報の壁や、夫婦間のトラブルに巻き込まれることを警戒する園側の態度は硬く、娘の姿に繋がる確かな糸口は何も掴めなかった。
押し潰されそうなプレッシャーと、どこにもぶつけようのない苛立ち。気分転換を図るため、私はよく近くの河川敷を歩いた。 風に吹かれ、流れる川の水をぼんやりと眺めている時だけは、少しだけ頭を空っぽにすることができた。
歩きながら、来るべき調停に向けて自分の気持ちを整理し、手紙をしたためる構想を練った。なぜこんなことになったのか、私はただ家族としてやり直したいのか、それとも別の道を探るべきなのか。
そして何より、どれほど娘に会いたいか。
ノートに書き殴った文字は、怒りと悲しみで何度も歪んだ。
遂に居場所を発見。しかし、妻との対峙、そして警察沙汰
そんなあてのない捜索を続けていたある日のことだった。 偶然通りかかった道沿いのアパート。ふと視線をやった私の目に、信じられない光景が飛び込んできた。アパートの階段を下りてくる見慣れたシルエット。次男だった。
心臓がドクンと大きく跳ねた。慌てて車を停め、息を潜めて見守る。間違いない。あのアパートの一室に、妻と子どもたちがいる。ようやく、本当にようやく、彼女たちの居場所を突き止めたのだ。
家がわかってしまうと、抑え込んでいた感情のタガが外れるのは早かった。 数日後、私は衝動的にそのアパートの付近へ車を走らせていた。ただ遠くから様子を見るだけのつもりだったのかもしれない。しかし、運命の悪戯か、家の前を通りかかったその瞬間、妻の姿を発見してしまった。
理性より先に、体が動いていた。 気づけば車を飛び出し、アパートの玄関へと向かっていた。怒りなのか、娘に会えるかもしれないという期待なのか、自分でもわからない感情で全身の血が沸騰していた。 「娘に会わせろ!」 私は声を荒らげ、アパートのドアを力任せに開けた。
そこには、驚きと警戒心をあらわにした妻が立っていた。16年間連れ添ったはずのその顔には、私に対する愛情も、申し訳なさも一切なく、ただ「敵」を見るような冷たい視線があった。
「警察に言うよ」
彼女の口から出たのは、氷のように冷たい拒絶の言葉だった。 「は……?」 私が絶句していると、彼女はさらにトーンを落とし、まるで事務作業でもするように繰り返した。
「もう一回、言うけど。警察に言うよ」
その瞬間、私の中で何かがプツンと切れた。 娘に会いたいと願う父親が、なぜ警察を呼ばれなければならないのか。突然子どもを連れ去り、隠れ住んでいるのはそっちじゃないか。 (馬鹿野郎……!!) 喉まで出かかった怒号をギリギリのところで飲み込み、私は踵を返した。
これ以上ここで騒ぎ立てれば、本当に警察沙汰になり、娘に会う道が完全に閉ざされてしまう。本能的にそう悟ったのだ。煮えくり返るような腹立たしさと、圧倒的な無力感を抱えたまま、私はその場を立ち去るしかなかった。
しかし、事態は私が危惧した通り、最悪の方向へと転がっていった。 その後、私の携帯電話が鳴った。見知らぬ番号。電話の主は、警察だった。 「警察署ですが。奥様から通報がありまして、少しお話を伺えますか?出向いてもいいですが、できれば来ていただいた方が、よろしいと思いますが」
頭の芯が冷たくなるのを感じた。本当に通報したのか、あの女は。 私は、初めて警察署の取調室のような無機質な部屋に呼ばれ、私はパイプ椅子に座らされた。
初めての事情聴取
向かいに座る警察官から、事情聴取が始まった。立っている警察官も含めて、3名の警察官。
まるで犯罪者でも扱うかのような、事実関係を淡々と確認する質問の数々。
「いや、違うんです。私はただ、5歳の娘に会いたいだけなんです!突然連れ去られて、生きているかどうかもわからなくて……父親が自分の娘に会いたいと願うことが、罪なんですか!?」
堪えきれず、私は警察官に向かって感情をぶつけた。机を叩きそうになる拳を必死に握りしめ、必死に自分の正当性と苦しみを訴えた。 警察官は私の話をしばらく黙って聞いていたが、やがて小さくため息をつき、宥めるような、それでいてどこか他人事のような口調で言った。
「お父さんのお気持ちはわかります。でもね、今の状況で直接押し掛けてしまうと、奥様を怯えさせるだけで、結果的にお父さんが不利になってしまうんですよ。ここは一つ冷静になって、弁護士を雇って法的に話し合われたらどうですか?」
慰められているはずなのに、その言葉は鋭いナイフのように私を切り裂いた。 「弁護士を雇え」。またその言葉だ。金がない人間は、娘に会う権利すら主張できないというのか。
警察も、法律も、誰も「娘を奪われた父親」の味方などしてくれない。
私は決意した。自分の力で、戦い抜く
社会のルールの冷酷さと、どう足掻いても抗えない厚い壁を前に、私は警察署の廊下で一人、呆然と立ち尽くすしかなかった。
感情に任せて動けば、自分が「加害者」にされてしまう。 娘を取り戻すためには、いや、せめて定期的に会えるようになるためには、こんな無様な真似は二度とできない。
この冷たい法律の土俵に上がり、自分の力で、正攻法で戦い抜くしかないのだ。
警察署を出て見上げた空は、酷く濁っていた。 「絶対に、俺の言葉で勝負してやる」 この一連の絶望と屈辱が、私に腹を括らせた。
そして、あの日、たった一人で家庭裁判所の門をくぐるという、あの固い決意へと繋がっていったのである。

