【実録】第四章 金網越しの涙と、終わらない平行線|初めての調停、そして運動会

人生

取調室から調停の密室へ

警察署の狭い取調室と冷たい廊下で「戦う」と決意した、あの日から——私の戦いの舞台は「調停」という密室へと移った。


指定された期日、私は有給休暇を取り、家庭裁判所の重苦しい空気を吸い込んでいた。受付で事務員に時間と名前を告げると、「相手方待合室」で待つよう案内された。申立人は妻、相手方は私だ。廊下の先、妻が座っているだろう申立人待合室の前を通るとき、文句の一つも言いたかった。

でも、ぐっと我慢した。ただただ、嫌な気分で待った。

時間になり、無機質な会議室へ通されると、そこには年配の男女の調停委員が座っていた。彼らの口調は丁寧だったが、どこか事務的で、あの日の警察官と同じ匂いがした。妻から提出された書面には、「性格の不一致」「同居が困難」という、身に覚えのない誇張されたエピソードが並んでいた。正直、そんなものかと思った。

「いろいろ言いたいことはありますが、言ったところでどうなるものでもありません。とにかく、連れ去られた娘に会わせてください」

必死に主張する私に対し、調停委員は淡々とメモを取るだけだった。私の悲痛な叫びは、彼らにとって「双方の主張の食い違い」というデータでしかない。分厚い壁越しに第三者を介して言葉のキャッチボールをするもどかしさ。直接目を見て話せばすぐに伝わるはずの感情が、法的な用語に変換され、1ヶ月に1回という気の遠くなるようなペースでしか進まない。

「連れ去り勝ち」という言葉の意味を、私はこの時、骨の髄まで理解させられた。


約束した運動会

調停が遅々として進まない中、季節は移り変わり、カレンダーにはある日が近づいていた。
娘の小学校の運動会だ。

連れ去られる数週間前、「パパ、かけっこ頑張るから絶対見てね!」と楽しげに話していた娘の笑顔が、頭から離れなかった。調停では面会交流の具体的な取り決めはおろか、娘の現在の様子すらろくに知らされていない。

調停委員のセオリーに従えば、強引に会いに行くのは「波風を立てる行為」だとわかっていた。

それでも——。

「運動会には、行かせてほしい」

調停委員に泣いて懇願した。父親として、あの日の娘との約束を破ること、娘の晴れ姿を見ないという選択肢はどうしても選べなかった。理性が本能に負けた瞬間だった。

調停委員は、妻と協議し、運動会に行けるよう調整してくれた。


運動会当日・・・

運動会当日、私はグラウンドの隅から娘の姿を必死で捜した。

万国旗が秋晴れの空にはためき、賑やかな入場行進の音楽が響き渡る。周りには、レジャーシートを広げ、笑顔でカメラを構える親たちの姿があった。本来なら、私もあの中にいるはずだった。
一番前でカメラを構え、妻とお弁当を囲みながら、娘の成長を笑い合っているはずだったのだ。

なぜ私は、まるで不審者のように隅っこに身を潜め、自分の娘を盗み見なければならないのか。

圧倒的な惨めさと理不尽さで、胸が激しく締め付けられた。

「……いた」

望遠レンズの先に、見慣れた小さな姿を見つけた瞬間、心臓が止まりそうになった。体操服姿の娘は、最後に会った日より少し背が伸び、友達と笑い合いながらかけっこの出番を待っていた。

私は思わず駆け寄って、手を振った。目が合った。

だが、そこに笑顔はなかった。

満面の笑みで手を振ってくれると思っていた。なんで、という言葉が頭の中を駆け巡る。考えてみれば、妻が何か吹き込んでいるのかもしれない。でもわからない。それが、また苦しかった。

ピストルの音が鳴り、一生懸命に短い足を回転させて走る娘の姿。

「がんばれ、がんばれ……!」

声には出せない。車の窓枠を強く握りしめ、ただ心の中で、誰よりも大きな声で叫んだ。娘は惜しくも3着だったが、ゴールした後に見せた悔しそうな、でもやり切ったような笑顔は、最高に輝いていた。


娘の成長

私がいない世界でも、娘はちゃんと笑って、ちゃんと大きくなっている。

その事実が心から嬉しくて——そして同時に、途方もなく寂しかった。

気がつけば、頬を熱いものがとめどなく伝っていた。カメラのファインダーが涙で滲んで、グラウンドの景色がぐにゃぐにゃに歪んでいく。袖で乱暴に拭っても、次から次へと溢れてきて止まらなかった。

「会いたいよ……話したいよ。父さんは、ここにおるのに……」

誰にも届かない言葉が、車内に空しく響いた。

娘の出番が終わったのを見届けると、私は妻や他の保護者に見つからないよう、逃げるようにエンジンをかけた。車を走らせながら、声を上げて泣いた。いい年をした大人が、ハンドルの上に涙をポタポタと落とし、嗚咽を漏らして泣きじゃくった。

悲しいのか、悔しいのか、愛おしいのか——自分でもわからない感情の濁流が、私の中を駆け巡っていた。


自分一人で戦い抜く

法律は冷たい。調停は理不尽だ。相手のやり方は卑怯かもしれない。

それでも、あの娘の笑顔を、今度は絶対にこの腕で直接抱きしめるためなら、どんな泥水だってすすってやる。

ただ「会いたい」。

その純粋な思いを叶えるために、私は再び分厚い資料の束に向き合い、調停という名の孤独なリングに上がり続ける覚悟を決めた。

この理不尽な現実の先に、いつか必ず娘と笑い合える日が来ると信じて。


(第五章に続く)

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